Tokyo

tateishi

町の名は、児童遊園にある一つの石から来ている。房州から海を渡って運ばれた凝灰岩で、いま地面の上に出ているのはごく一部だ。

写真 Dick Thomas Johnson from Tokyo, Japan / Unsplash

葛飾区立石は、細い路地に立ち飲みと焼き鳥の店が続く酒場の街。夕方から人が入りはじめ、路上に立ったまま飲む姿がふつうに見られる。なお、駅北口一帯(旧・呑んべ横丁)は2023年に解体され、現在も再開発工事が続いている。以下で紹介する路地裏の情景は、今も現役の南口側(仲見世商店街)が中心。

観光スポット

定番

立石仲見世・せんべろ横丁

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立石の中心部に広がる細い屋根付きの路地。「せんべろ」——千円でべろべろに酔う——という言葉で呼ばれる飲み方の街として知られます。赤提灯と手書きの看板が続きます。

💡 平日なら17時台に入店すると比較的席が確保しやすい。退勤ラッシュが来る18時以降は一気に混み合います。

立石銀座商店街

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数百メートルにわたる商店街。代々続く鮮魚店、豆腐屋、和菓子店が並び、近隣の住民が日常の買い物をする場所として機能しています。土産物を置く店はほとんどありません。

💡 水曜定休の店が多いため、それ以外の曜日に訪れるのがおすすめ。

五方山熊野神社

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長保年間(999〜1003)の創建と伝わり、陰陽師・安倍晴明が熊野大神を勧請したとされる神社。陰陽五行説にもとづき、境内地を三十間五角=正五角形に区切ったことから「五方山」と呼ばれる。この五角形の敷地は創建時のまま保たれており、安倍晴明の勧請と伝わる神社は関東でここだけ。葛飾区最古級の神社でもある。

💡 駅から徒歩15分ほど、飲み屋街とは反対側の落ち着いた一帯にある。五角形は地上からでは分かりにくいので、公式サイトの境内図を見てから歩くと面白い。

地元の穴場

夜の立石仲見世

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駅のすぐ脇にあるアーケード商店街。昼間は買い物客の通り道だが、夕方近くになると軒を連ねる立ち飲み屋が開き始め、手描きの看板が一つずつ灯る。天井の低い細い通路が橙色に染まる光景が、立石という名前から多くの人が思い浮かべる姿である。

💡 多くの店は15時頃から開き、早い時間から満席になる。なお北口の呑んべ横丁は再開発で解体済みで、駅周辺は今も変化が続いている。

立石様(地名の由来になった石)

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児童遊園の一角、小さな稲荷の祠に祀られている凝灰岩。この街の地名の由来で、古墳の石室の部材として運ばれ、のちに古代の官道の道標に転用されたと考えられている。今は地面からわずかに出ているだけ。

💡 駅から11分、飲み屋街とは逆方向。実物は小さく通り過ぎやすいので、立石児童遊園の中の祠を目印に。

グルメ

定番

宇ち多゛(うちだ)

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立石仲見世商店街にある、平日14時開店の立ち飲みもつ焼き専門店。かつて「江戸っ子」「ミツワ」と並び「立石三大もつ焼き」と称されたが、両店とも再開発の影響で閉店し、今も残るのは宇ち多だけになった。焼き上がったもつを注文と同時に手渡され、タレか塩は自分で選ぶ独特のスタイルで知られる。

💡 その日の分が売り切れ次第閉店で、早ければ19時前に暖簾を下げる。受け渡しや会計には細かい暗黙のルールが多いが、それも下町酒場の洗礼のうち。現金のみ。

立石 舟和(芋ようかん)

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芋ようかんで知られる浅草の老舗「舟和」から、唯一のれん分けを受けた店。3代目店主の祖父が浅草の舟和の店主と親戚で、本家で修業したのちこの地に開いた。創業から80年を超える。芋ようかんは今もさつまいも・塩・砂糖だけで、つなぎを一切使わず創業当時の製法のまま手作りしている。

💡 甘味処だが酒も出すので、はしご酒の合間に寄る使い方ができる。駅から1分、商店街の中。

立石ホルモン 和敬

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立ち飲みではなく座って食べる焼肉店で、安さと速さで知られる立石の中では対極にある一軒。A4〜A5の和牛を一頭買いし、朝〆のものをその日のうちに直送、店内で解体する。だから普通は表に出ない部位まで並ぶ。

💡 月曜定休(祝日の場合は営業し翌日休み)。徒歩1分のせんべろの店とは価格帯がまるで違うので、はしごの1軒ではなく、独立した一晩として考えるのがよい。

地元の穴場

蘭州(餃子)

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駅の近くにある小さな中華の店で、地元では「餃子の店」として通っている。手作りの餃子は焼き面がパリッと、皮はもっちりとした食感で、幅広い中華のメニューよりもまずこれを目当てに来る客が多い。

💡 駅から3分、南側。こぢんまりとした店でカウンター中心。

この街の記憶

動かなかった石

この街は、石の名前で呼ばれている。駅から歩いて十分ほどの児童遊園の中、小さな祠に祀られていて、今は地面からわずかに頭を出しているだけだ。房州石という凝灰岩で、東京湾を挟んだ千葉の鋸山あたりから運ばれてきたものらしい。この一帯にはかつて古墳があり、石室の部材だったと考えられている。奈良・平安のころには、そばを通っていた古代の官道の道標に転用された。海を越えて運ばれ、死者のために使われ、次に旅人のために使われた石である。

江戸時代には「根有り石」と呼ばれ、地上に六十センチ以上出ていた。そして、掘っても掘り出せない石だと言われていた。文政八年(1825)の奇談集『兎園小説』には、地主が掘ろうとしたが底が見えず、翌日には石が穴の中に沈み、その翌日にはまた地上に出ていた、と記されている。中川がこのあたりで蛇行しているのは、この石をどかせなかったからだという話もある。文化二年(1805)、名主の島田新右衛門らが石の上に祠を建てて稲荷として祀った。明治以降も発掘は試みられたが、底が現れず、祟りを恐れる住民の反対もあって、完全に掘り出されたことは一度もない。

二〇二三年の夏、駅の北口の裏にあった路地が消えた。七十年続いた呑んべ横丁は数か月で解体され、仮囲いの向こうは更地のまま、新しい駅舎の工事が進んでいる。二つの事実を並べると妙な感じがする。誰もが当たり前にあると思っていた一角が無くなり、千年動かせなかった石のほうは、今も児童遊園に座って、少しずつ地面に隠れながら残っている。

  • 立石様は葛飾区立石8-37-17、立石児童遊園の中にある。石を覆う祠が立石稲荷神社。
  • 地名としての「立石」は、1398年(応永5年)の『葛西御厨田数注文』が初出とされる。

一年の行事

  1. 9月16日

    例祭

    五方山 熊野神社

    長保年間、陰陽師の安倍晴明が陰陽五行説にもとづいて開いたと伝わる神社で、境内が五角形をしている。御神体は古代の石剣。この街の名も石から来ているので、立石には由来の異なる石が二つあることになる。

日程は年によって動きます。予定を組むときは神社・主催者の案内で確認してください。

泊まる

PRISM Inn 立石

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立石に泊まれる数少ない宿の一つで、駅から徒歩4分。規模は小さく設備も簡素だが、酒場街の外から通うのではなく、その中に泊まれる。夕方以降にこの街へ来る理由そのものがそこにある。

💡 宿の数が少ないため早めの予約を。

1泊概ね6,500〜9,000円程度

主要ターミナルからのアクセス

  • 渋谷から

    約48分 · 乗換1回 (押上で乗換) · 東京メトロ半蔵門線 → 京成押上線 · ¥420

  • 新宿から

    約39分 · 乗換2回 (御茶ノ水と浅草橋で乗換) · JR中央線特快 → JR中央・総武線各駅停車 → 都営浅草線 · ¥560

  • 東京駅から

    約36分 · 乗換1回 (東日本橋で乗換) · JR総武線快速 → 都営浅草線 · ¥500

  • 上野から

    約26分 · 乗換1回 (浅草で乗換) · 東京メトロ銀座線 → 都営浅草線 · ¥460

  • 池袋から

    約36分 · 乗換2回 (日暮里と青砥で乗換) · JR山手線 → 京成本線快速 → 京成押上線 · ¥480

  • 品川から

    約37分 · 乗換1回 (泉岳寺で乗換) · 京急本線 → 都営浅草線 · ¥590

  • 成田空港から

    約54分 · 乗換1回 (青砥で乗換) · 京成スカイライナー → 京成押上線 · ¥2,190成田からは乗換1回で54分。都心のどの駅より空港に近い。

  • 羽田空港から

    約56分 · 乗換1回 (浜松町・大門で乗換) · 東京モノレール → 都営浅草線 · ¥910駅名は「京成立石」。JRの立石駅は無いので、乗換案内でもこの名前で検索する。

所要時間は平日昼間の目安、運賃はきっぷの概算です。どちらも変わるので、当日は乗換案内で確認してください。

アクセス

京成立石駅は京成押上線の駅です(東武伊勢崎線は通っておらず、錦糸町から同一路線では行けません)。押上から約7分。京成押上線は都営浅草線と直通運転しているため、日本橋・東銀座・新橋方面からは乗り換えなしで来られます(新橋から約27分)。京成高砂行きまたは青砥行きに乗ってください。なお京成立石には普通列車のみ停車し、優等列車は通過します。

ベストシーズン

平日の17〜21時が最も雰囲気がよく、近隣の工場やオフィスから帰宅途中のサラリーマンで街が活気づきます。週末も楽しめますが、やや観光客向けの雰囲気になります。祝日は地元客が少ない分、日常感が薄れるのでご注意を。

地元のコツ

常連客の多いバーでは無断での撮影を控えましょう。「写真、いいですか?」と一言声をかけるだけで関係がぐっと良くなります。また立石の飲み屋のほぼすべてが現金のみ。千円札と小銭を多めに持参してください。

地名の由来

地名は「立石様」と呼ばれる石そのものに由来する。駅から歩いて十分ほどの児童遊園にあり、古墳の石室の部材だったと考えられている。奈良・平安のころには街道の目印として使われていたとみられる。