Tokyo

kinshicho

地名のもとになった堀は、埋め立てられている。夕方に釣って帰ろうとすると、水の中から「置いてけ」と声がしたという、あの堀だ。

駅の周りに商業施設が積み上がる一方、少し歩けば現役の商店街と飲み屋が続く。観光のために作られた通りは無く、平日の夜に埋まっているのは仕事帰りの人である。北口と南口で街の顔が変わる。

観光スポット

定番

亀戸天神社

亀戸天神社

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錦糸町から徒歩圏内にある由緒ある天満宮。太鼓橋と池の景色が美しく、4月下旬〜5月上旬の藤まつりは都内屈指の名所として知られています。

💡 藤まつりの時期は開門直後(朝8時頃)に来ると、紫色の藤棚を混雑なしで独占できます。

駅を囲んで積み上がる商業施設

駅を囲んで積み上がる商業施設

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この規模の駅としては商業施設の密度が際立っている。改札の真上にテルミナ、徒歩数分にアルカキットとマルイ、すぐ近くの楽天地ビル上層に錦糸町PARCO、少し東にオリナス。個々が目的地というより、この集中ぶり自体が特徴で、ファッションビルもデパ地下的な食品フロアも普通のスーパーも、駅前から出ずに見比べられる。

💡 テルミナは改札直結、最も遠いオリナスでも徒歩8分ほど。雨の日にこの構造のありがたみが分かる。

地元の穴場

錦糸公園

錦糸公園

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駅から徒歩5〜6分にある地域の中心公園。芝生と運動施設があり、空が大きく開けている。7月下旬の隅田川花火大会では、第二会場の花火とスカイツリーを一緒に見られる地元の定番スポットとして知られる。

💡 本領は何でもない平日の昼下がり。芝生で弁当を広げる勤め人、遊具で遊ぶ子ども、その上にスカイツリーが立っている。

竪川親水公園

竪川は万治二年(1659年)に開かれた運河で、隅田川と旧中川を東西に結んでいた。いまはほぼ全区間が埋められ、その上を首都高速7号線の高架が覆っている。公園は暗渠の上に細長く伸び、人工のせせらぎが引かれている。この街の名も、埋められた錦糸堀という堀から来ている。

💡 駅の南口から歩いて数分。区間によって噴水や池、テニスコートやグランドゴルフ場がある。高架の下なので、夏でも日が当たらない。8月の河内音頭大盆踊りはここが会場になる。

砂町銀座商店街

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東西約670mに約180店舗が今も営業する、都内に残る数少ない昭和の商店街。米屋・乾物店・豆腐屋・和菓子屋が現役で並ぶ。観光客はほとんど来ないが、地元の日常の買い物の場として機能しているからこそ続いている。

💡 最寄り駅が無いことが、かえってこの姿を残した。錦糸町からは徒歩40分ほどかかるので、バスを使うのが現実的。

楽天地と場外馬券場がつくった街

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楽天地は1937年にこの地へ開いた娯楽街「江東楽天地」が始まりで、映画館がその核だった。運営会社は今も同じ街区を持ち続けている。現在の中身は幾重にも重なっていて、本館上層には2019年に西友リヴィン跡へ入った錦糸町PARCO、映画館は「TOHOシネマズ錦糸町楽天地」として営業し、別館には地下650mから汲み上げる天然温泉のサウナ「楽天地スパ」(男性専用)がある。その隣にJRAの場外馬券売場ウインズ錦糸町が立つ。レース開催の週末にここへ集まる人の流れが、長く南口の飲み屋街を支えてきた。

💡 レース開催は土日。静かな街並みを見たいなら平日に。

猿江恩賜公園

猿江恩賜公園

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駅の南、徒歩14分にある広い公園。この土地には変わった来歴がある。1733年に江戸幕府公認の貯木場として開かれ、堀を使って運ばれた材木がここに貯えられていた。明治政府の御用達となり、のちに宮内省の猿江御料地へ。1924年、皇太子(のちの昭和天皇)の成婚を記念して一部が東京市に下賜され、それが「恩賜」の由来である。南園は1932年、北園は貯木場の移転後の1976年に開園した。

💡 南園は上下二段の池を中心とした回遊式の庭園、北園は芝生と運動施設が広がる。桜の時期も観光客ではなく近所の人が集まる。

グルメ

定番

亀戸餃子・下町ギョーザ文化

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錦糸町から亀戸にかけては餃子屋が集まる一帯。カリッと焼いた底面に、ニラを効かせた豚肉餡が詰まった一皿を、カウンター中心の小さな店で出す。代表格の亀戸餃子は本店のほか錦糸町にも店がある。

💡 昼時は勤め人で埋まる。カウンター中心なので、大人数には向かない。

すみだフードホール(錦糸町PARCO 1階)

すみだフードホール(錦糸町PARCO 1階)

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錦糸町PARCO1階のフードコート。ハンバーガーのUMAMI BURGER、海鮮丼の二代目 野口鮮魚店、ラーメンの真鯛らーめん 麺魚、クラフトビールのVECTOR BEER、角打ちのIMADEYA SUMIDAなど、業態の違う7店が一つのフロアに並ぶ。1人でも入りやすく、注文してから席で待つ形式。

💡 飲食店は11時から23時まで(一部店舗は異なる)。IMADEYA SUMIDAは角打ちなので、昼から軽く飲むこともできる。

北口の居酒屋横丁

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駅の北口を出た路地に居酒屋が密集している一帯。表通りから一本入るだけで店の間隔が詰まり、看板が低くなる。予約なしで入る店が多い。

💡 駅から徒歩2分。多くは夕方から。店が小さいので、人数が多いと入れないことがある。

地元の穴場

立ち呑み粋

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駅の北側にある立ち飲みの店。夕方4時から開いていて、仕事帰りの客で埋まる。座席は少なく、大半は立ったまま飲む。

💡 16時〜23時30分。駅から徒歩3分。

THAI KITCHEN

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錦糸町のタイ料理店。この街の南口から東にかけては、タイ・ベトナム・中国など各国の店が住民向けに営業しており、観光の看板を出していない店が多い。この店はその中では入りやすいほうである。

💡 11時30分〜22時30分。駅から徒歩6分。

天神せんべい 大木屋(手焼きせんべい)

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亀戸天神の参道沿いにある、明治40年創業のせんべい屋。定番の醤油せんべいのほか、天神=学問の神様にちなんだ「合格煎餅」を売っている。錦糸町からも歩ける距離だが、亀戸天神とあわせて訪れるのが自然な位置にある。

💡 予約すれば店頭で手焼き体験ができる(3枚・前日17時までに要予約)。錦糸町駅からは徒歩15分ほどかかるので、JR総武線で亀戸駅まで1駅乗ってから歩くほうが現実的。

桂林

桂林

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1977年(昭和52年)創業の町中華。JR錦糸町駅北口から徒歩約7分、墨田区太平にある。連日行列ができる人気店で、看板は半熟卵と大ぶりの海老がのった海老チャーハン。ラーメン目当ての客も多い。

💡 定休日は水曜、開店は11時。ラーメンに半チャーハンを付けられるセットが一番お得。

御菓子司 白樺

御菓子司 白樺

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駅から徒歩6分、創業70年以上の和菓子屋。ぽっちゃりした招き猫の形をした「たらふくもなか」が看板で、どら焼きの「錦どら」、すみだ銘菓「墨わらび」も知られる。駅ビル・テルミナの地下にも支店があり、こちらは甘味処を併設している。

💡 本店は月曜定休、8時〜18時。猫の最中は日持ちするので土産に向く。

中華そば 満鶏軒

中華そば 満鶏軒

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鴨だしの中華そばを出す店。スープは鴨と水だけで取ると店頭に掲げている。塩と醤油のほか、汁なしの鴨まぜそばもある。昼どきは店の前に列ができるが、回転は速い。

💡 11時から21時まで通しで開いていて、休みがない。並ぶのが嫌なら14時から17時のあいだが空いている。

この街の記憶

「置いていけ」と言った水

街の名前は水の名前だが、その水はもう無い。錦糸堀という掘割が、いまの駅北口、北斎通りのあたりにあった。本所七不思議の「置いてけ堀」は、この堀のこととされる。夕方、釣った魚を持って帰ろうとすると、水の底から置いてけ、置いてけと声がする。振り返っても誰もいない。かまわず歩いて家に着き、魚籠をのぞくと空になっている。「錦糸」という字のほうの由来は、はっきりしていない。「岸堀」が訛ったという説、この辺りで琴の糸を作っていたという説、朝夕の日を受けた水面が糸のように光ったからという説がある。

駅も最初から錦糸町ではなかった。一八九四年十二月九日、総武鉄道の本所駅として開業し、錦糸町を名乗るのは一九一五年五月一日からである。その頃、駅の南側の土地では機関車を造っていた。汽車製造合資会社の東京支店で、一九三一年に小名木川の近くへ移り、八千坪が空いた。その空き地を手に入れたのが、阪急と宝塚をつくった小林一三だった。一九三七年二月に江東楽天地を設立し、十二月には江東劇場と本所映画館が開く。遊園地も食堂も仲見世もある、丸ごと一式の盛り場だった。

八年ももたなかった。一九四五年三月十日の空襲で、江東地区だけで二十三万戸が焼け、楽天地も、隣の江東劇場が盾になった本所映画館のほかはすべて失われた。それでも同じ区画に建て直された。いま楽天地ビルに入っているのは、映画館と、サウナと、二〇一九年に移ってきた百貨店である。堀は埋められ、機関車の工場は去り、劇場は焼けた。この土地でいちばん長く続いているのは、消えた水につけられた名前のほうだった。

  • 錦糸堀は現在の駅北口・北斎通り付近にあった掘割で、本所七不思議の「置いてけ堀」に擬せられる。「錦糸」の語源は諸説あり定まっていない。
  • 駅は1894年12月9日に総武鉄道「本所駅」として開業し、1915年5月1日に錦糸町駅へ改称した。
  • 汽車製造合資会社東京支店の跡地8000坪に、1937年2月設立の江東楽天地が同年12月に開業。1945年3月10日の空襲では本所映画館以外が焼失した。

一年の行事

  1. 8月下旬の2日間

    すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り

    竪川親水公園

    会場は首都高速7号線の高架下。夕方5時半に始まり、9時ごろまで櫓を囲んで踊る。関東でも最大級の盆踊りで、河内音頭は大阪から来た踊りである。見るだけでなく輪に入ってよい。

日程は年によって動きます。予定を組むときは神社・主催者の案内で確認してください。

夜の街

夜になると別の顔を見せる南口

錦糸町は、ひとつの駅がふたつの街を抱えている。昼間の南口は住宅寄りの落ち着いた側だが、日が暮れるとネオンが灯り、まったく別の街に変わる。都内でも規模の大きな夜の街のひとつで、深夜まで人が絶えない。

駅から徒歩2分。夜に歩くなら、明るく人通りのある大通り沿いを選びたい。

スパ&カプセル ニューウイング

駅の南側にあるサウナとカプセルホテル。錦糸町は駅の徒歩圏にサウナがいくつも集まる街で、この店はその中でもよく知られている。終電を逃してもここで夜を越せる。

駅から徒歩6分。営業時間と男女フロアの扱いは公式サイトで確認すること。

泊まる

東武ホテルレバント東京

東武ホテルレバント東京

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駅から徒歩5分、この一帯で最も規模の大きいホテル。タワー棟に入っており、高層階はスカイツリーに面する。客室も共用部も周辺のビジネスホテルとは水準が違い、地元で客をもてなすときの定番になっている。

1泊約7,000〜10,000円から

ロッテシティホテル錦糸町

ロッテシティホテル錦糸町

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駅から徒歩3分のシティホテル。周辺のビジネスホテルより客室が広く、設備も整っている。東京の水準では余裕のある部屋で、高層階からはスカイツリー方向を望める。

1泊約5,500〜8,500円から

リアルサウナ錦糸町(スパ&カプセルイン)

リアルサウナ錦糸町(スパ&カプセルイン)

錦糸町駅から歩ける距離にあるスパ兼カプセルイン。屋上にサウナがあり、店は「スカイツリーを一望できる屋上サウナ」と掲げている。高温サウナは男性専用で、女性側は岩盤浴になる。どちらを使えるかは入る前に確かめたほうがよい。

💡 屋上サウナは12時から22時、カプセルルームは24時間(第3月曜は休み)。泊まればサウナの利用料はかからない。

主要ターミナルからのアクセス

  • 渋谷から

    約29分 · 乗換なし · 東京メトロ半蔵門線 · ¥260

  • 新宿から

    約25分 · 乗換なし · JR中央・総武線各駅停車 · ¥260

  • 東京駅から

    約9分 · 乗換なし · JR総武線快速 · ¥200

  • 上野から

    約17分 · 乗換1回 (秋葉原で乗換) · JR山手線 → JR中央・総武線各駅停車 · ¥200

  • 池袋から

    約30分 · 乗換1回 (秋葉原で乗換) · JR山手線 → JR中央・総武線各駅停車 · ¥260

  • 品川から

    約17分 · 乗換なし · JR横須賀線・総武線快速(直通) · ¥260

  • 成田空港から

    約80分 · 乗換1回 · 京成本線快速特急 → JR総武線快速 · ¥1,100京成スカイライナー経由なら約85分・乗換2回・2,776円。

  • 羽田空港から

    約45分 · 乗換2回 (浜松町と秋葉原で乗換) · 東京モノレール → JR山手線 → JR中央・総武線各駅停車 · ¥730

所要時間は平日昼間の目安、運賃はきっぷの概算です。どちらも変わるので、当日は乗換案内で確認してください。

アクセス

錦糸町駅には3つの系統が来る。JR中央・総武線各駅停車(秋葉原・新宿方面)、JR総武線快速(東京・品川方面と千葉・成田方面)、そして東京メトロ半蔵門線(押上=スカイツリー前を経て渋谷方面へ直通)である。快速と各駅停車はホームが分かれているので、行き先によって乗り場を確認するとよい。地上のJRと地下の半蔵門線は改札が別々になっている。駅の北口は商業施設が集まる側、南口はウインズと飲み屋街の側で、出口を間違えると街の顔つきがまるで変わる。

ベストシーズン

4月下旬〜5月上旬の亀戸天神藤まつり、7月下旬の隅田川花火大会が二大ハイライト。秋(10〜11月)は川沿いのイチョウが黄金色に染まり、気候も快適。夏の夕方以降は居酒屋文化が全開になります。

地元のコツ

錦糸町は北口と南口でかなり雰囲気が異なります。北口は活気ある繁華街、南口は静かな住宅街寄り。スカイツリー観光客がここまで流れてくることはほぼないので、自分のペースでゆっくり歩けます。コンビニの値段は東京全域で同一——錦糸町の「安さ」は飲食店や居酒屋で実感できます。

地名の由来

埋め立てられた錦糸堀という堀の名が地名になった。堀の名の由来には諸説あり、琴や三味線の糸を作る家があったから、東西に通じる堀で朝日と夕日に水面が金の糸のように光ったから、もとの「岸堀」がなまったから、などと言われる。定説はない。