マクセル アクアパーク 品川
6分品川プリンスホテル内にある都市型水族館。イルカショーやプロジェクションマッピングを使った演出が特徴で、駅から徒歩圏という立地の良さもあり訪日客・家族連れに人気。
💡 夜になるとライトアップと音楽の演出が強まる「ナイトアクアパーク」に切り替わる。
Tokyo
駅の名は品川、住所は港区。宿場は、ここから1キロ先にある
品川は新幹線と山手線が交わる東京南の玄関口。オフィスタワーが立ち並ぶビジネス街でありながら、駅の所在地は「品川区」ではなく港区高輪という捻れを持つ街でもある。1872年に日本最初の鉄道駅の一つとして開業した歴史を持ち、駅前には水族館やホテル、緑地が集まる。
定番
品川プリンスホテル内にある都市型水族館。イルカショーやプロジェクションマッピングを使った演出が特徴で、駅から徒歩圏という立地の良さもあり訪日客・家族連れに人気。
💡 夜になるとライトアップと音楽の演出が強まる「ナイトアクアパーク」に切り替わる。
御殿山の高台にある庭園で、周囲の喧騒が嘘のように静か。かつて桜の名所として知られた御殿山の一角で、今もビジネス街のすぐそばとは思えない落ち着いた時間が流れる。

オフィスタワーに挟まれた細長い緑道公園。ビルの隙間の申し訳程度の緑地ではなく、木々がしっかり茂った本格的な公園で、ランチタイムには周辺で働く人たちの憩いの場になる。

赤穂浪士四十七士の墓所として知られる寺。山門をくぐった先に、討ち入り後に切腹した四十六人の墓が並ぶ。境内には主君の首を清めたと伝わる「首洗い井戸」も現存する。1612年、徳川家康が今川義元の菩提を弔うために開いた寺で、事件はそのおよそ90年後に起きている。
💡 品川駅からは徒歩18分。都営浅草線・京急本線の泉岳寺駅なら駅名のとおり徒歩1〜2分で、そちらを使うほうが現実的。開門は7時から16時(曜日により17時)まで。義士墓地では線香料500円を求められる。
地元の穴場

品川駅前のビジネス街から南へ歩くと、道幅が江戸時代のまま約7mで残る旧東海道に出る。参勤交代の行列がすれ違えた幅である。約800mにわたって商店が続き、加盟店は約90軒。清水横丁・大横町・台場横丁・黒門横丁・裏町といった路地が本通りから枝分かれしている。品川駅に何も無いのは、駅が1872年に宿場から1kmも離れた埋立地に作られたからで、街の中身はこちら側に残った。
💡 品川駅から歩くと15分ほどかかる。京急本線で北品川駅まで1駅乗るほうが実際的で、駅を降りればもう旧東海道の上にいる。

旧東海道から急な石段を上がった高台にある神社。文治3年(1187年)に源頼朝が創始したと伝わり、徳川家康が関ヶ原の戦いの前に戦勝を祈願したことから、以後歴代将軍の庇護を受けた。境内には登れる富士塚(品川富士)があり、頂上からは街と海側が見渡せる。
💡 石段はかなり急で、富士塚もさらに登る。歩きやすい靴で。
虚空蔵菩薩を本尊とする寺で、創建は1299年。東海七福神の布袋尊を祀っており、正月には参拝客で賑わう。旧東海道の商店街のすぐ脇にあり、歩いていると唐突に現れる。

四方を運河に囲まれた埋立地で、水際に200mを超える木のボードウォークが続く。もとは倉庫街で、その倉庫を改装した店が水辺に並ぶ。品川駅前のオフィス街から歩いてくると、同じ街とは思えないほど風景が変わる。
💡 品川駅からは徒歩20分ほどかかる。東京モノレールかりんかい線の天王洲アイル駅が最寄りで、そちらからなら数分。

倉庫をそのまま使ったギャラリーの複合施設。国内外の現代美術を扱う画廊が同じ建物に集まっており、1棟で何軒も回れる。IとIIの2棟がある。
💡 ギャラリーごとに休みと会期が違うので、行く前に公式サイトで開廊日を確認するとよい。
建築家や設計事務所から預かった800点以上の建築模型を保管し、その一部を公開している施設。展示室ではなく「倉庫」として棚に並ぶ模型を見る、というつくりが独特。2025年3月にリニューアルした。
💡 寺田倉庫G号の「WHAT MUSEUM」内にある。建物の名前が複数あるので、入口で迷ったら WHAT MUSEUM を目印に。

2026年3月に開いた文化施設。「100年先へ文化をつなぐ」を掲げ、展示やライブ、トークを行う。外観は各階のテラスが波打つように張り出し、そこに緑が植わっていて、遠くからでもこの建物だけ形が違うのが分かる。中には展示室のほかカフェ・レストラン・ショップ、6階には足湯のテラスがある。
💡 10時から21時まで。品川駅からは徒歩21分と遠いので、JR・都営浅草線の高輪ゲートウェイ駅から歩くほうが早い。建物を外から眺めるだけでも面白い。

品川駅の西側、高輪口の一帯はいま工事現場である。クレーンが何本も立ち、仮囲いの向こうで地面が掘られている。品川駅西口地区の再開発で、2025年に着工し、2029年度の竣工が予定されている。駅前に「何も無い」と言われてきた側が、これから10年かけて姿を変える途中にある。
💡 旅行の目的地ではないが、高輪口を出た瞬間にこの景色になるので、驚かないように。この光景自体が数年で消える。
定番

洋食の名店として知られるつばめグリルの品川駅前店。名物のハンバーグステーキ目当てに開店前から列ができることも多い。
💡 開店直後や早めの時間帯を狙うと待ち時間を短縮できる。
品川グランドセントラルタワー内にある落ち着いた雰囲気の和食店。ワインと和食を合わせるスタイルで、接待や会食にも使われる。

泉岳寺は「四十七士の墓所」として知られている。だが実際に切腹したのは四十六人だった。討ち入りのあと、浪士たちは逃げも隠れもせず、その場で幕府に出頭し、腹を切ることを申し出た。寺坂吉右衛門だけがその列にいない。討ち入りの経緯を関係者に報告する役目を負い、生き延びたと寺には伝わっている。四十七という数字は、四十六の死と一人の生をまとめて数えたものである。
寺の創建は、その事件よりずっと古い。1612年、徳川家康が今川義元の菩提を弔うために開いた。家康は若いころ、今川家の人質として育てられている。1641年の大火で寺は焼け、徳川家光の命で現在の高輪へ移された。討ち入りが起きたのは元禄十五年、寺が高輪に移ってからおよそ六十年後のことである。浪士たちの墓所になったのは、寺の歴史からすれば、あとから加わった役割にすぎない。
境内には「首洗い井戸」が今も残っている。討ち入りのあと、主君の首を清めたと伝わる井戸で、案内板が一枚立つだけの、静かな一角である。山門を出て駅の方角へ歩けば、新幹線が発着する品川駅前のオフィス街に出る。自ら出頭した四十六人と、その場に残らなかった一人は、いまも数百メートル先に立つ高層ビル群からは見えない場所にいる。
品川神社
屋根に御神面をつけた神輿が、大拍子と篠笛の「品川拍子」に合わせて渡御する。担ぎ手が左右に分かれて荒くもみ合う「城南担ぎ」で、神輿は前後左右へ不規則に動く。神社は品川駅から一駅ぶん南、旧東海道の側にある。
荏原神社
宝治元年に京都の八坂神社から牛頭天王を勧請したことに始まる。「かっぱ祭り」とも呼ばれる。品川には南北ふたつの天王社があり、品川神社が北、荏原神社が南で、両社の祭りをあわせて天王祭という。
日程は年によって動きます。予定を組むときは神社・主催者の案内で確認してください。

水族館や映画館を併設する大型ホテル。品川駅高輪口から近く、ファミリー層にも利用されている。
価格帯はシーズンにより変動。予約サイトで要確認

駅前のオフィス街ではなく、御殿山の高台に建つホテル。御殿山は江戸時代に将軍家の御殿が置かれ、東海道品川宿に隣接する桜の名所として浮世絵に描かれた土地で、いまも庭園の緑が残る。客室は全室30平方メートル以上。住所は品川区北品川で、品川駅(港区高輪)とは区が違う。
💡 品川駅とのあいだに無料のシャトルバスが出ている。歩くと13分ほどで、旧東海道や御殿山庭園はホテル側から近い。
価格帯はシーズンにより変動。予約サイトで要確認
渋谷から
約14分 · 乗換なし · JR山手線 · ¥210
新宿から
約21分 · 乗換なし · JR山手線 · ¥260
東京駅から
約9分 · 乗換なし · JR上野東京ライン · ¥210
上野から
約16分 · 乗換なし · JR上野東京ライン · ¥260
池袋から
約30分 · 乗換なし · JR山手線 · ¥340
成田空港から
約81分 · 乗換なし · 成田エクスプレス(直通) · ¥3,330京成成田スカイアクセス線のアクセス特急なら乗換なしで1,616円と安いが、所要時間は1時間半ほどかかる。
羽田空港から
約24分 · 乗換なし · 京急本線(直通) · ¥330品川と羽田空港は京急本線で直通しており、最も速く安い行き方。
所要時間は平日昼間の目安、運賃はきっぷの概算です。どちらも変わるので、当日は乗換案内で確認してください。
品川にはJR山手線・京浜東北線・東海道線・横須賀線が乗り入れ、東海道新幹線が発着し、京急本線にも乗り換えられる。羽田空港へは京急本線が直通していて乗り換えがいらず、成田空港へは成田エクスプレスが直通する。所要時間と運賃は下の表にまとめてある。1872年に日本最初の鉄道駅の一つとして開業したが、当時の品川宿(現在の北品川)よりも北西に1キロほど離れた海岸を埋め立てて建てられた。駅の所在地は今も品川区ではなく港区高輪である。
平日の日中はビジネス客で混み合うが、土日は落ち着く。アクアパーク品川は夜の演出が異なるため、時間を変えて訪れる価値がある。
駅名と所在地が違う街なので、「品川区に来た」と思い込むと道に迷いやすい。高輪口(西口)と港南口(東口)で雰囲気がまったく違うので、目的地の出口を事前に確認しておくとよい。
由来には定説がない。目黒川の古い名だったという説、隣の高輪に対して品ヶ輪と名づけたという説、高縄手を縮めたという説などがある。川の名が先か土地の名が先かも決まっていない。